IFSCによるルール(以下「ルール」)は、これまで毎年改訂されてきたが、さすがにある程度安定してきたと言うことなのだろう、今年出たものは08年と09年にわたって適用されるものとなっている。前文には、最終的には4年毎の改訂というのが最終目標であるとされていて、2年周期の改訂はその第一歩だとある。当面、部分的な変更/追加はその都度公表され、ある程度まとまったところで追補版が出るようだ。
さて本年度の変更だが、いくつか大きな変更が見られるものの、'05年の改訂よりは規模は小さく、根本的に変った部分はあまりない、と考えて良い。一番大きな変化は全体の中に“大陸別ユース・シリーズ”についての規定が追加されたこと(セクション11)、そしてそれにともなう一般規則及び各種目の規則の変更である。
それでは、一般の選手やスタッフに関係の深い事項を中心に、変更点をセクションごとに見ていこう。
文言上の変更がほとんどだ。一点、IFSCデリゲイトの役割として、抗議が合った場合に対応するAppeals Jury(抗議審判団)のメンバーである旨が明文化された。もともと12.2.1(08年版は13.2.1)には規定があったことではある。
ここも、一般に関係する大きな変更はないが、複数の国籍を持つ選手について、従来はシーズン中の所属変更が可能であったものができなくなった。その年のライセンス取得時の所属で、そのシーズンは参加と言うことになる。
一般規則で一番大きな変更/追加は、“大陸別ユース・シリーズ”がこの「ルール」に組みこまれたことにともなうものである。ユースの競技会については、世界ユース選手権は従来からも独立したセクションで記述があったが、競技形式についての規定はなかった。しかし実際の大会では、リード種目が成年の大会とはやや異なる形式で実施されてきた。今年の改訂で、このユース大会の形式が「ルール」の中に取り込まれたわけだ。
具体的には、3.4.4 競技順の作成方法のc)で「リード競技会の予選が二つの異なるルートを全選手が登るかたちで行われる場合」が追加されている。さらのそのi)とii)は、オンサイトでなくフラッシュでおこなう場合の規定である。フラッシュでの実施も含め、この予選形式は――少なくとも今のところは――ユース大会固有のものである。したがって、ルール上にこの規定が加わったからと言って、成年の大会でフラッシュによる予選を実施するようになると言うわけではないだろう。
競技順そのものについては、この数年、猫の目のように変化が激しかったが、今回も変更された――と言うより、旧来のものに戻された、と言うべきだろう(3.4.4a)及びd))。一言で言えば、予選はランダム、準決勝(ボルダーも)と決勝は、前ラウンドの順位の逆順、スーパーファイナルは決勝と同じ、である。
また競技順リストに関係して、ウエブ上での選手名簿の公開が7日前から4日前に変った(3.4.1)。なおこれは"STARTING LIST"の項にあるので、てっきり競技順を公開するのかと思っていたが、よく見ると単に“list of competitors participating the quolification”とある。つまり参加者名簿であって、競技順ではない、と言うことだ。
次に、文言上の変更ではあるが従来、用具類の規格としてUIAA規格準拠が求められていた部分は、全てIFSC規格準拠に変っている。だが“IFSC standards”の実態はその後に続くカッコの中、すなわち“EN standards or international equivalent”=EN 規格、または相当する国際規格であり、後者には当然“UIAA standard”も含まれるだろう。要するに実質的な変化はない。UIAAからの分離独立上、UIAAという文言を排除したかっただけであろう。
また喫煙場所の規定(3.5.3)にも小さな変更がある。「最終待機所や競技ゾーンの中または近接したところであってはならない」という表現が追加された。多分どこかの会場で、喫煙者の煙がコールゾーンに流れたとか、喫煙場所から競技エリアをのぞき見できたとか言う話ではないだろうか。
この他、テクニカルインシデント関係も変っているが、内容が変ったのではなく、表現が整理されたと言う理解で良いと思う。
そして変化ではないが、これまで良く分からないまま、いい加減に訳してあった箇所について。3.3.7a)に“The possibility of cross loading the karabiner shall be minimised.”とあって、この“cross loading the karabiner”の意味が分からず、Zクリップのこと?などと考えていたのだが、これはカラビナへの横荷重をさすのではないかと思い当たった。そう考えると、色々とつじつまがあう。
一番大きな変更は、競技時間だろう。競技時間は、予選6分、準決勝以降が8分に固定された(ジューリ・プレジデントの裁量で延長することは可能)。これにともない、従来の最終オブザベーション――いわゆる40秒ルールにも変更がある。これまでスタートラインを越えた時点から計時開始で、最終オブザベーションの時間は競技のい制限時間に含まれていたが、これが分離され、最終オブザベーションの40秒は競技時間に含まれなくなった。従って計時も、選手がスタートラインを越えてから40秒までを計り、さらに選手がアテンプトを開始した(選手の両足が地面から離れた)時点から新たに競技時間を計測することになる。タイムキーパーの仕事が面倒になったわけである。
ただここで疑問なのは、計時の開始を「両足が地面から離れ」た時に開始すると規定(4.5.3)しているが、最終オブザベーションで40秒経過してしまった時はどうするか、の規定はない。本来は40秒経過してしまったなら、その時点で計時を開始すべきではないか?と思うのだが、どうだろう。
次に大きな変化はユース大会関係の規定の組み込みによるもので、変更と言うより追加だ。
4.1.7に、全員が2ルートを登る場合の、順位付けのためのポイント計算法が加わった。これは従来からも知られていたもので、2ルートの順位をポイントとするのが基本で、同着があった場合はそれを補正し、最終的には両ルートのポイントの相乗平均を取るというものである。
ついでに、こうした形式で1本のルートは登ったが他方は体調不良などで登らなかった選手がいた場合、その選手の登らなかった方のルートの順位は、登った選手の最下位の下になる(4.8.5)。つまり登った選手が50人いたら51位として扱うということ。両ルートの成績を総合する場合も、その順位をポイントにすることになる。
まず課題数が減った。予選が5課題となった。準決勝以降は従来通り4課題。そして準決勝の競技順は、予選順位の逆順に戻った。さすがに上位者有利にして盛り上げようというのは、無理だったのだろうか
さらに競技時間も短縮され、ローテーションタイムは予選5分、準決勝6分、決勝に至っては4分である。ただし決勝については、各課題毎に2分間の事前オブザベーションがある。やり方はワールドカップに出場した松島暁人選手によれば、全ての課題を事前に順番にオブザベーションをするとのことである。
そして決勝ではもう一つ変更がある。従来はローテーションタイムが終了すれば、その時点で行っているアテンプトは終了になったが、今回の改訂でローテーションタイム終了時に行っているアテンプトは、続行することが可能になった(5.3.4)。ローテーションタイムが短くなったこととのトレードオフだろう。(7/28 追加)
それから文言上の変化ではあるが、完登の規定で従来、両手保持を“the finishing hold is held with both hands”と表現していたものが、“The finishing hold shall be controlled by both hands.”と、動詞が“hold”から“control”に変っている。この変更の意味だが、ある国際大会で最終ホールドに片手保持がやっとという小さいホールドが使われ、そのボルダー担当のジャッジが保持した片手の上にもう一方の手を重ねた選手について、片手しかホールドに触れていないと言う理由で完登を認めないと言うことがあったという。これは伝え聞いた話で真偽は定かではないが、そうしたおかしな判定を避けるための変更と考えると納得できる。“control”であれば、ホールドに触れている必要はないだろう。
ボルダーの完登については、もう一つ変化がある。07年では“An attempt is considered successful when the finishing hold is held with both hands and the Boulder Judge announces 'OK'.”で、両手保持とジャッジの「OK」のコールの両方が揃って完登である、となっている。それが08年版では微妙に変化している。“The finishing hold shall be controlled by both hands. Alternatively, a standing position shall be attained on top of the boulder. An attempt is considered successful when the Boulder Judge announces 'OK'.”で、「最終ホールドは両手保持しなければならない」もしくは「ボルダーの上に立ち上がらねばならない」とは言うものの、それが「完登の要件である」という書き方をしていない。完登については、ジャッジの「OK」コールのみとなっている。
これについては、ルールと同時にIFSCから発表されている“Major_changes_IFSCRules_2008-2009”と言う文書に説明がある。
The requirement that the competitor shall hold the finishing hold with both hands still remains, but has been separated from the requirement that the judge says 'OK'. With the new rule, if the judge says 'OK', the attempt shall be considered successful. This will be so even if the judge has made a mistake. This was not clear with the previous wording, which led to appeals which were impossible to manage in a fair way.
なんだか分かったような分からないような表現だが、要するに表現として両手保持やボルダー上への立ち上がりは残っているが、それは完登の要件とは切り離した、と言うこと。それらは「ジャッジが完登を判断する基準」であって、それで完登ではないのだ、ということのようである。つまり、完登の要件はあくまでジャッジのコールなのである。ジャパンカップなどを見ていても日本の選手はこのあたりの認識が甘く、勝手に飛び降りる選手が多いので要注意だ。(8/01追加)
以上が、08年版の主要変更部分である。 スピードその他も大きな変更はあるが、日本人にはあまり関係がない。また各大会関係の規定は先ほどから述べているように、大陸別ユース・シリーズの追加以外には大きい変化はない。なおこの大陸別ユースは実質的にはヨーロッパ・ユースしか行われていない。IFSCとしては他でもやってくれ、と言うことなのだろう。ちなみにこのユース・シリーズの規定だが、従来のヨーロッパ・ユースの規定を切り貼りした印象が強い。他のセクションとの整合性は今ひとつで、内容的にも内容を錬られていない。多分、2010年には大幅に書き変えられるのだろう。
その後、2009 年3 月に”Amendment(修正版) No. 2”が公開された。日本語版は20009/07/01 版で、この変更を反映している。内容的には、競技順リストがテクニカルミーティングの前日にWEB 上で発表されるようになったこと。複数種目を含む大会での個人総合順位は、全ての種目にエントリーした選手のみを対象とすること、ワールドカップなどのポイントの処理などで、国内での競技会に影響する変更はなかった。
(2008/07/26、7/27、8/1 追加、8/21 修正、2009/07/01 追加)